専門家の責任
は重い。本来の論点とは関係ないかもしれないけど、耐震偽装の名古屋地裁判決要旨を読んでそう感じた。
私は端から見ればソフト開発を生業にしている「コンピューターの専門家」。だけど、本当にその専門家の責任が果たせるだけの技能を持っているだろうか?OSより下位の話なんてサッパリ分からないし、DBMSがこなしてくれているトランザクション処理の実装なんて難し過ぎて分かる気がしない。でも世間様はそんな事知ったこっちゃない。専門家はその分野の全てを知っているはずという仮定だから。
それでも日々の仕事はやらなきゃならない。システムをなんとか動かす。何も起きないうちは過ぎていくけど、一旦問題が発生してしまったら専門家が悪者を引き受けなければならない。大きなリスクだと思う。
それに、ソフトウェア開発の中には複雑さが生み出す虫がいて、分かってみれば単純なミスを本質的に防げない。どんなにテストしたんだと主張しても、訴訟になれば注意義務違反を逃れられない。これもリスクだと思う。
他にも、知らずに特許技術を再発明して使っちゃうリスク、本来は実装を進めてみないと分からないのに先に開発期間とコストを見積もって固定しなければならないリスク。
「専門家だから分かる・知っているハズ」。本当に全部分かるならスーパーマンだと思う。じゃぁ、その分からないリスクは対価に還元できているだろうか?